保育士さんへのアドバイス


先生(○○大学名誉教授)から有香(3才)の保育園の担任の先生へのアドバイスです。

 

先生  彼女たち(ダウン症児)は大人の顔色を見て対応したりしますが、元々自分に対して正直ですから嫌なことは絶対に嫌です。だから、頑固だとか言われますが、私はそうではなく、それが彼女たちの、自分の身を護るすべだろうと思っています。
『出来ないこと』と『出来ること』は、有香ちゃん自身が一番よく分かっています。だから、出来ないことは、もうあまりさせないで、出来ることを中心にやっていって、結果的に全体に発達していけばい良いわけです。
場所に慣れだしたら、人に慣れるというか、有香ちゃんが保育園の中で一番好きな人を選びます。できればクラス担任であって欲しいんですが、まあ、園長先生であったりね…。
加配が付きますでしょう。その加配がだいたい日ごとに変わりますよね。そういうのはあまり良くない。固定させた方が、いつでも何かあった時にその人に逃げ込めて、お母さん代わりができていいんです。まあ、保育園の事情もあるでしょう。『困った時にすがれる人がいる!』というのが一番必要だと思っています。この人一人と決めている方が本人はやりやすい。加配の人には、もう有香ちゃんだけを見ておくように。それますとちょっとね…。

 

母親  ハンデのある子どもが3人で、加配の先生が2人なんです。

 

先生  僕が言うのは理想です。保育園の中で答えを出してもらいたい。それ以上は言えないですね。できるだけ一緒の人で、誰に頼れば良いか分かると良い。クラス担任に慣れてくれると一番良いんだけど、そうはいかない。担任はまた忙しいしね。 場所に慣れて、人に慣れて、今度は集団に慣れていきます。その間ぐらいに、特別に好きな子ができてくると思うんです。同じような障害を持った子どもに多いんですけどね。違うかもしれないし、あるいはお世話をしに来る女の子かもしれない。それをまず見つけて、好きな子がいたら、なるべくその子との距離を近づけるようにして欲しい。
遊びですけども、他の子と一緒に遊ばせたいですよね。有香ちゃんと一緒に、保育士さんが一生懸命遊んでいれば、面白そうな様子をしていると、他の子が来ますから、その子を捕まえて3人で遊ぶ。そしたら又、4人目が『あれ、面白そうだ』とやって来る。彼らにとっては、かなり単純な遊びかもしれません。けれども一生懸命やっているうちに、またそこから出て行って、また一人、入ってくるとかね。好きな子がいて、好きな子が「おいで~」と呼んでくれると案外入りやすいですね。
一番悪いのは、有香ちゃんを連れて行って「有香ちゃんもまぜてね~」と言うことです。有香ちゃん自身もそれが好きかわからないし。そういうふうに権威でやるというのは、あまり長続きしないということです。

 

担任の先生  有香ちゃんに出来そうなことで、出来ることだけれども本人は『嫌』『やりたくない』…どこまで要求していいのでしょうか?

 

先生  それをさせようとする人との人間関係です。有香ちゃんの方から要求をどんどんしてくるようにならないと、有香ちゃんにそれをさせること、「この時間はこれをしましょうね」と言ってもなかなか難しいですね。だから、最初に『受け入れる』という構えがあって、で、有香ちゃんの方からいろんな要求が出てきた時に、初めてそれと交換でこれしましょうね~という形ですね。いきなりこっちからの要求を、あるいは年齢に相応しい要求をしても無理ですね。

 

担任の先生  遊び方も有香ちゃんに合わせて、製作とかも有香ちゃんに出来る範囲は一緒にしているのですけど…。

 

先生  予めすることがあったら、お母さんと一緒にさせておいて、ある程度有香ちゃんに『見通しと自信』をつけさせることが大事です。突然アレンジすることもありますから、無理な場合もありますけどもね。出来るだけそういうふうに、有香ちゃんが『これ前にしたことがあるわ~』『ここまでならできるわ~』と思えるように、体験させておく。要するに、製作というのは自信をつけさせるためにするものだと思うんです。そのために折り紙を折っているんだと思う。でも折り紙を折らすことで自信を失くしたら何にもならない。『自分は何かやったら出来る!』とか、『ちょっと手伝ってもらったら出来る!』とかいう気持ちをまず作ってあげることでしょう。最終的に『自分で出来た!』ということが大事ですけど、そのためには、初めからやらせるのではなくて、最後の方をやらせるんです。
例えば紙を切る時には、先生が最初を切ってやって、ず~っと切って、最後のところを有香ちゃんに切らせるんです。「切れましたね。ほら、有香ちゃん切ったよ」って。そして次には残り2cmのところを切らせる。逆からするんですね。そういう教育の仕方っていうか援助の仕方を今薦めているんです。
パンツをはかせるのも、座って、たたんだパンツをはくんじゃなくて、はかせといて最後だけすーっとあげて「出来たね~」って。それが出来たら、今度はおしりを半分あげて「出来たね~」次は膝までやって「出来たね~」
目的は『自分はこれをやれた。自分はすごいやつだ!』というふうに自信をつけさせることですから。一番まずいのは、たたんだパンツをまず広げて、右足入れて左足入れて、立ち上がって…そんなことはもうむちゃくちゃです。すべてがそうです。
例えばご飯を食べさせるのに、手を使わずに口だけで食べさせていたでしょう。それから、座ってスプーンで食べさせていたでしょう。それから本人が手でつかんで食べていたでしょう。それと一緒です。初めから本人が箸を持って食べていたわけじゃありません。
まぁ、何とかなりますから、早く何とか慣れさせようとか、そういうふうに思わないことです。そして、そのことをあなただけでなく、保育士全員が理解してあげることです。

 

担任の先生  わかりました。これだけは何か、気をつけてあげることありますか?

 

先生  1つは、お母さんにいろいろ要求をしないこと。2つ目は本人に出来ないこととか、良くないことを、ことさら大げさに取り上げないこと。良いこと・良く出来たこと・頑張ったところだけ見てあげたら良いですね。
注意するのは人を傷つけることとか、自分を傷つける時。その時はピシッとやって良い。しかし、それ以外のことはね、多少悪さをしても怒らないでください。
また、怒る時には「してはいけません」じゃなくて、そういうことをすると「先生が寂しいよ」とか「先生が悲しいよ」とか言ってください。やることも、たかが知れてますよね。トイレでちょっと遊んでみたり、ゴミ箱ひっくり返したり、何かポイと捨てたりね…。大したことじゃない。そんなことじゃないかと思いますけどね。

 

担任の先生  はい、分かりました。お聞きしたので、それで出来るように頑張っていきます。

 

先生  保育士が何とかしなければと思うのが一番ね…。それは気持ちの上だけで、それを行動に移したらやっぱり一番いけませんね。どこまで我慢できるか…。どこまで我慢できるかですね。  (平成15年5月21日)